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浦和地方裁判所 平成11年(レ)20号 判決

控訴人 渡邉美佐枝

右訴訟代理人弁護士 齋喜要

被控訴人 澤藤三郎(以下「被控訴人澤藤」という。)

〈他1名〉

右両名訴訟代理人弁護士 白石道泰

同 秋元達三

主文

一1  原判決中、控訴人の被控訴人らに対する別紙物件目録一記載の建物の明渡し及び平成一〇年九月一九日から右明渡済みまで一か月二万円を超える割合による金員の支払並びに被控訴人石場に対する八八三万一六七〇円の支払を求める請求を棄却した部分を取り消す。

2  被控訴人らは、各自、控訴人に対し、前記建物を明け渡せ。

3  被控訴人らは、各自、控訴人に対し、平成一〇年九月一九日から前項の明渡済みまで一か月五万円の割合による金員を支払え。

4  被控訴人石場は、控訴人に対し、八八三万一六七〇円を支払え。

二  控訴人のその余の控訴を棄却する。

三  訴訟費用は、第一審、第二審とも、被控訴人らの負担とする。

四  この判決は、主文一項2ないし4に限り、仮に執行することができる。

事実及び理由

第一当事者の申立て

一  控訴人

1(一)  原判決を取り消す。

(二) 主文一項2と同旨

(三) 控訴人に対し、

(1) 被控訴人澤藤は、平成九年六月三〇日から

(2) 被控訴人石場は、平成一〇年九月一九日から

前項の明渡済みまで各自一か月七万円の割合による金員を支払え。

(四) 主文一項4と同旨

2  主文三項と同旨

3  仮執行の宣言

二  被控訴人ら

1  本件控訴を棄却する。

2  控訴費用は控訴人の負担とする。

第二事案の概要

一  本件は、控訴人が、第一に、被控訴人ら各自に対し、別紙物件目録一記載の建物(以下「本件建物」という。)の所有権に基づくその明渡し及び被控訴人らの本件建物の不法占有を原因とする使用損害金の支払を求め、被控訴人らにおいて、被控訴人石場が控訴人の祖父との売買契約ないし時効により本件建物の所有権を取得している旨主張し、その主張が認められないとしても、同被控訴人が控訴人の祖父から父を経て控訴人が承継したという控訴人主張の本件建物の賃貸借契約に基づく賃借権を有し、被控訴人澤藤が被控訴人石場との本件建物の使用貸借契約に基づき使用借権を有することになるとして、控訴人の請求を争っている事件(以下「甲事件」という。)と、第二に、被控訴人石場に対し、被控訴人ら主張の本件建物の賃貸借契約が存続中の未払賃料の支払を求めている事件(以下「乙事件」という。)とからなる事案である。なお、原判決は、甲事件請求中の控訴人の被控訴人石場に対する本件建物の所有権に基づく明渡請求を主位的請求とし、乙事件請求中に本件建物の賃貸借契約の解除に基づく明渡請求が予備的に含まれる旨摘示しているが、控訴人は、当審において、甲事件請求について、被控訴人ら主張の本件建物の賃貸借契約の解除を主張する旨を明らかにしているので、乙事件請求中に本件建物の賃貸借契約の解除に基づく明渡請求を含める理由はない。また、原判決は、控訴人の被控訴人石場に対する甲事件請求と乙事件請求とが主位的請求・予備的請求の関係に立つ旨摘示しているが、本件建物の明渡し及び使用損害金の支払を求める甲事件請求と未払賃料の支払を求める乙事件請求とは、論理的に両立し得る関係にあるばかりでなく、控訴人において、被控訴人石場から本件建物の明渡し及び使用損害金の支払を受けることができれば、同被控訴人に対して未払賃料の支払を求めない趣旨で本件訴訟を提起しているとは解されない。したがって、本件は、右に摘示した甲事件請求と乙事件請求とが単純併合されていると解されるべき事案である。

二  前提事実

《証拠省略》によれば、以下の事実が認められ、この認定を妨げる証拠はない。

1(一)  控訴人の祖父の渡邉竹三郎(以下「竹三郎」という。)は、被控訴人らが後記売買契約が締結されたと主張する昭和四七年八月ころ当時、別紙物件目録二記載の土地(以下「本件土地」という。)を所有していた。

(二) 本件土地上には、本件建物が存したが、本件建物は、昭和三八年ころに建築されたものであって、右当時は、未登記建物であったところ、昭和五一年一〇月一八日、竹三郎の次男である渡邉清(以下「清」という。)が所有権保存登記を受けると同時に、竹三郎に対して同月一六日交換を原因とする所有権移転登記がされているものである。

(三) 竹三郎は、昭和五六年五月二日に死亡した。

(四) 控訴人の父の渡邉正夫(以下「正夫」という。)は、竹三郎の相続人であったが、平成八年八月二七日に死亡した。

(五) 控訴人は、正夫の相続人である。

2  被控訴人石場は、被控訴人澤藤の義父であるが、現在、同被控訴人との間の使用貸借契約に基づき、本件建物を同被控訴人に使用させることで、これを占有し、また、被控訴人澤藤は、当該使用貸借契約に基づき、本件建物に現に居住して、これを占有している。

3(一)  被控訴人石場は、竹三郎ないし正夫に対し、昭和五五年九月三日から昭和五九年一二月二九日までの間、その趣旨についてはさておき、また、その間、必ずしも毎月その支払があったということではないが、一か月当たり五万円の金員を支払っていた。

(二) 右の五万円の授受に際し作成された昭和五九年七月九日付、同年一二月二九日付の領収書の控えの但書欄には、「家賃」との記載があるほか、控訴人石場が代表取締役をしていた有限会社白樺の昭和五五年度から昭和五八年度までの元帳には、右の五万円が、「地代・家賃」との科目名により「借方」欄に計上されている。

(三) 他方、控訴人作成の甲第八号証のメモの「白樺(石場)」の欄には、右の五万円の支払状況が記載されているところ、昭和五八年八月分が昭和五九年一二月二九日に支払われたと記載されているのが最後であって、それ以後は、五万円の支払があった旨の記載はない。

三  争点

1  甲事件請求の第一の争点は、控訴人が竹三郎から正夫を経て竹三郎が所有していた本件建物を相続し得る立場にあること(控訴人の請求原因)を前提に、被控訴人石場と竹三郎との間で、本件売買契約が成立していたため、控訴人が本件建物の所有権を取得するには至らなかったか否かであるが、この点に関する当事者の主張は、以下のとおりである。

(被控訴人らの抗弁)

(一) 被控訴人石場は、昭和四七年八月ころ、旧知の間柄であった竹三郎との間で、本件建物及びその敷地である本件土地について、代金を六〇〇万円、支払方法を同月から昭和五七年七月までの一〇年間にわたり、毎月末日ころ五万円ずつ分割して支払うものとし、代金を完済した時点で所有権移転登記手続をするが、その引渡しは直ちにするとの約定により、同被控訴人が竹三郎から買い受ける旨の契約(以下「本件売買契約」という。)を締結し、本件建物の所有権を取得した。

(二) 被控訴人石場は、昭和四七年八月ころ、竹三郎から本件建物及び本件土地の引渡しを受けたほか、昭和五八年八月一日までには、本件建物及び本件土地の売買代金の分割支払を完了し、前記六〇〇万円を完済した。

(三) 被控訴人石場は、(二)の後、正夫ないし控訴人から、その名目のいかんを問わず、金員の支払を求められたことはない。

(控訴人の認否)

(一) 被控訴人石場と竹三郎との間で、被控訴人ら主張の本件売買契約が締結されたことはない。

(二) 被控訴人石場が、竹三郎ないし正夫に対し、昭和五五年九月三日から昭和五九年一二月二九日までの間、五万円を支払ったことがあることは、前提事実3(一)のとおりであるが、当該金員は、被控訴人ら主張の本件売買契約に基づく割賦金としてではなく、本件建物の賃料として支払われたものであって、かつ、本件建物の当時の賃料として相当な額であった。

(三) 被控訴人らは、右の五万円が昭和四七年八月ころから支払われていたと主張するが、その証拠はなく、本件建物の賃料は、右の五万円が支払われるようになった以前には、より低額の賃料が支払われ、これが増額されて右の五万円となったものであるから、その支払をもって、被控訴人ら主張の売買代金の分割支払があったと認めるのは相当でない。

2  甲事件請求の第二の争点は、本件売買契約が成立していないとしても、被控訴人石場が時効により本件建物の所有権を取得したか否かであるが、この点に関する当事者の主張は、以下のとおりである。

(被控訴人らの抗弁)

(一) 被控訴人石場は、昭和四七年八月ころ、竹三郎から本件建物の引渡しを受け、以後、昭和五八年二月ころまでは、自らが代表取締役をしていた有限会社白樺に倉庫として本件建物を使用させて、また、昭和五八年三月ころからは、被控訴人澤藤との間の使用貸借契約に基づき、同被控訴人の住居として本件建物を使用させて、その占有を継続している。

(二) したがって、平成四年八月ころには、被控訴人石場が本件建物の占有を開始してから取得時効に必要な二〇年が経過した。

(三) そこで、被控訴人石場は、平成一一年一月一三日の原審平成一〇年(ハ)第一二四四号事件の第一回口頭弁論期日において、右取得時効を援用する旨の意思表示をした。

(控訴人の再抗弁)

被控訴人石場は、竹三郎との間で本件建物の賃貸借契約(以下「本件賃貸借契約」という。)を締結し、これに基づき、本件建物の占有を取得したものであるから、同被控訴人の占有には、所有の意思がない。

3  甲事件請求の第三の争点は、控訴人が前記再抗弁として被控訴人石場との間の本件賃貸借契約の成立を認めているので、その不利益陳述(被控訴人らの抗弁)に係る被控訴人石場の本件建物の占有権原であり、被控訴人澤藤の占有権原の基礎となっている本件賃貸借契約の帰趨であるが、この点に関する控訴人の主張(再抗弁)は、次のとおりである。

(一) 被控訴人石場は、正夫ないし控訴人に対し、昭和五八年九月分以降の本件建物の賃料を支払わず、また、正夫ないし控訴人に無断で、被控訴人澤藤に本件建物を使用させている。

(二) そこで、控訴人は、平成一〇年九月一八日、被控訴人石場に対し、本件賃貸借契約を解除する旨の意思表示をした。

(三) よって、控訴人は、本件建物の所有権に基づき、被控訴人らに対し、その明渡しを求める。

4  甲事件請求の第四の争点は、控訴人の被控訴人らに対する使用損害金請求の当否であるが、この点に関する控訴人の主張(請求原因)は、次のとおりである。

(一) 被控訴人澤藤に対する訴状送達の日の翌日である平成九年六月三〇日当時の本件建物の使用損害金は、一か月七万円が相当である。

(二) また、控訴人と被控訴人石場との間の本件賃貸借契約が解除された日の翌日である平成一〇年九月一九日当時の本件建物の使用損害金も、一か月七万円が相当である。

(三) よって、控訴人は、被控訴人ら各自の本件建物の不法占有を原因として、被控訴人澤藤に対しては平成九年六月三〇日から、被控訴人石場に対しては平成一〇年九月一九日から、それぞれ本件建物の明渡済みまで一か月七万円の割合による使用損害金の支払を求める。

5  乙事件請求の争点は、控訴人の被控訴人石場に対する未払賃料請求の当否であるが、この点に関する控訴人の主張(請求原因)は、次のとおりである。

(一) 昭和五八年九月分以降平成一〇年九月一八日までの間の本件建物の賃料は、一か月五万円である。

(二) したがって、(一)の期間の賃料の合計は八八三万一六七〇円となる。

(三) よって、控訴人は、本件賃貸借契約に基づき、被控訴人石場に対し、前記未払賃料合計八八三万一六七〇円の支払を求める。

第三当裁判所の判断

一  甲事件請求について

1  第一の争点(本件売買契約の成否)について

(一) 被控訴人らは、昭和四七年八月、本件売買契約が成立したと主張し、原審における被控訴人石場本人の供述の反訳書(甲一三)によると、被控訴人石場は、本件売買契約を締結した経緯について、今から三〇年くらい前、同じ商店街に婦人物洋品店を出していた関係で懇意にしていた竹三郎に対し、本件土地には、本件建物が存した部分以外に空地があったので、同被控訴人が別の店舗を建築する敷地として貸してほしいと言ったところ、竹三郎から売ってもよいと言われ、本件建物及び本件土地を買い受けることになった旨、その売買代金については、被控訴人石場に購入資金がなかったため、竹三郎の提案により、月賦でもよいということになり、一か月五万円を一〇年間にわたり支払うことになった旨、契約書については、被控訴人石場はその作成を求めたのに、竹三郎からお互いの仲だから要らないよと言われたため、作成しなかった旨供述する。

(二) しかしながら、証拠(原審における控訴人本人の供述の反訳書である甲一四、当審証人渡邉正義、甲一二)及び弁論の全趣旨によれば、控訴人は、二〇歳のころ、当時同居していた竹三郎から、被控訴人石場に本件建物を貸すという話を聞いたことがあるが、竹三郎からも、正夫からも、本件建物を売るという話は一切聞いていないこと、本件建物は、前提事実1(二)記載のとおり、その当時は、所有権保存登記がされていない未登記建物であったばかりでなく、これが建築された昭和三八年ころから昭和五一年ころまでの間、その後に所有権保存登記を受けている竹三郎の次男である清とその家族が現に住んでいたことが認められるので、竹三郎が清とその家族が居住し、しかも、清がその所有者であったようにも窺われる本件建物をその敷地である本件土地とともに被控訴人石場の供述するように同被控訴人に売り渡したというためには、その供述を裏付ける客観的な証拠が求められるところであるが、本件売買契約では、契約書が作成されていないというのである。被控訴人石場の供述するとおり、同被控訴人と竹三郎とが当時いくら懇意にしていたとしても、売主である竹三郎が自己の所有地及び地上建物を売却するのに契約書を作成しなかったというのも、容易に理解し難いところであるが、この点はさておいても、被控訴人石場としては、買主としての自己の権利を保全するために、契約書の作成を強く求めるのが当然であるから、同被控訴人が、竹三郎から契約書は要らないよと言われたからといって、それ以上、竹三郎に契約書の作成を求めていないというのは、不自然というほかはない。また、売買代金についても、これを月賦で支払うということであれば、契約時に予定した売買代金の総額に分割支払を認めた期間の利息を付加してもおかしくないところ、被控訴人石場の右供述では、売買代金を六〇〇万円とし、これを毎月五万円ずつ一〇年間にわたり分割支払すれば足りるというのであるから、その分割支払期間の金利相当分を控除した実質的な売買代金は六〇〇万円を下回ることになる。

竹三郎が、契約書も作成しないで、清がその所有者であったようにも窺われ、現に居住していた本件建物を本件土地とともに実質的には六〇〇万円を下回る売買代金で被控訴人石場に売り渡すことになった経緯として、同被控訴人の供述するように同被控訴人と竹三郎とが懇意にしていたというだけでは、これを直ちに納得するのは困難である。

(三) もとより、契約書が作成されていなくとも、被控訴人石場が、被控訴人ら主張の本件売買契約が締結されたという昭和四七年八月から毎月五万円の支払を開始し、その五万円が当時の本件建物の賃料としては考えられない高額なものであったと認めるに足りる証拠があれば格別、本件においては、前提事実3(一)記載のとおり、昭和五五年九月三日から昭和五九年一二月二九日までの間、被控訴人石場から竹三郎ないし正夫に一か月五万円が支払われていたことが明らかになっているにとどまり、同被控訴人がそれ以前から一か月五万円を支払っていたと認めるに足りる証拠は何一つない。

被控訴人らは、前提事実3(一)記載の五万円の支払をもって、昭和四七年八月ころから五万円の支払があったと主張するようであるが、一〇年後の五万円の支払の事実のみから、その一〇年前に遡って五万円が支払われてきたと推認するのは、およそ困難である。

(四) 以上によれば、被控訴人石場が本件売買契約に基づく割賦金として竹三郎ないし正夫に前提事実3(一)記載の五万円を支払っていたとは認められず、むしろ、前提事実3(二)、(三)記載のとおり右の五万円が賃料という名目で授受されていること、五万円という金額が、《証拠省略》によって認められる昭和五七、八年当時、正夫ないし控訴人が第三者に賃貸していた建物の賃料と比較してみても、賃料として相当でないとはいえないことなどに鑑みれば、結局、右の五万円は、その当時の本件建物の賃料として支払われていたものと認めるのが相当である。

この点について、被控訴人石場(前掲甲一三)は、有限会社白樺の元帳の記載を計理士に任せていたため、右の五万円が同社の元帳に「地代・家賃」という科目名で計上されていることを知らず、その五万円が本件売買契約に基づく割賦金であると思っていたように供述するが、《証拠省略》によれば、同被控訴人は、正夫から但書欄に「家賃」と記載された領収書を受領しながら、これに異を唱えていないことが認められるので、同被控訴人の右供述は採用することができない。

(五) もっとも、弁論の全趣旨によれば、正夫ないし控訴人は、昭和五九年一二月二九日以後、本件訴訟に至るまで、被控訴人石場に対し、本件建物の賃料ないし本件建物の明渡しを請求していないことが認められるので、その事実は、本件売買契約の成立を仮定すると、その時点で、売買代金が完済されたことを窺わせるものといえなくもない。しかしながら、他面、そうであれば、その時点以後、被控訴人石場から正夫ないし控訴人に対して本件建物及び本件土地の所有権移転登記手続が求められて当然であるのに、同被控訴人の供述(前掲甲一三)では、竹三郎に対しても、正夫に対しても所有権移転登記手続を求めたことがあるが、控訴人に対しては一度もこれを求めたことがないというのである。しかしながら、竹三郎が存命中には、同被控訴人の供述によっても、時期的に売買代金は完済されていないので、竹三郎に所有権移転登記手続を求めたという供述は、その前提を欠き、採用し得ないことが明らかである。また、正夫に対して所有権移転登記手続を求めていたというのであれば、控訴人が正夫を相続した後も、続けてこれを求めるのが当然であると解されるのに、控訴人に所有権移転登記手続を求めたことがないというのであるから、控訴人が同被控訴人に賃料ないし明渡しを求めたことがないとの事実をもって、直ちに本件売買契約の成立を窺わせるものであるということは、一方的にすぎる。しかも、《証拠省略》によると、控訴人の夫である渡邉正義は、昭和六〇年ころ、被控訴人石場が本件建物の賃料を支払わないので、大沼某弁護士に相談したところ、同弁護士から、当分の間賃料の支払を受けないでおいて(賃貸借契約を解除して)被控訴人石場を訴えればよいとアドバイスを受けたが、その後、正夫夫妻が病気がちであったため、訴えを起こす機会を失ったものであるというのであって、そのような事情があれば、正夫ないし控訴人が本件建物の賃料を請求しないでいたことも必ずしも不自然ではないから、右の賃料ないし明渡しの請求がなかったことをもって、前認定が覆されるべきものではない。

(六) 右説示したところによれば、被控訴人石場と竹三郎との間で、本件売買契約が成立していたとの被控訴人らの抗弁は採用することができない。

2  第二の争点(本件建物の取得時効の成否)について

(一) 本件建物には、前認定のとおり、昭和五一年ころまで、竹三郎の次男である清の家族が居住していたことからすれば、被控訴人石場が本件建物の占有を取得したとしても、昭和五一年以降であると認められるところ、《証拠省略》によれば、被控訴人石場は、以後、昭和五八年二月ころまでは、自らが代表取締役をしていた有限会社白樺に倉庫として本件建物を使用させて、また、昭和五八年三月ころからは、被控訴人澤藤との間の使用貸借契約に基づき、同被控訴人の住居として本件建物を使用させて、その占有を継続していることが認められる。

(二) しかしながら、被控訴人石場が、昭和五五年九月三日から昭和五九年一二月二九日までの間、竹三郎ないし正夫に支払っていた五万円は、前説示のとおり、本件建物の賃料として支払われていたものと認められるのであるから、右事実に徴すれば、被控訴人石場は、具体的な契約締結の時期及び賃料額を明らかにする証拠はないが、おそらく清とその家族が転居した後、竹三郎との間で、本件賃貸借契約を締結し、これに基づき、本件建物の占有を取得したものと推認するのが相当であって、被控訴人石場の本件建物の占有には、所有の意思がないとの控訴人の再抗弁は理由がある。

(三) したがって、被控訴人石場が本件建物の所有権を時効により取得したとの被控訴人らの抗弁も採用することができない。

3  第三の争点(本件賃貸借契約の帰趨)について

(一) 前説示したところによれば、被控訴人らは、現在、被控訴人石場においては、本件賃貸借契約に基づいて、また、被控訴人澤藤においては、被控訴人石場との使用貸借契約に基づく同被控訴人の賃借権を援用して、それぞれ本件建物を占有しているものと認めることができる。

(二) しかしながら、《証拠省略》によれば、被控訴人石場は、正夫ないし控訴人に対し、昭和五八年九月分以降二〇年以上の長期間にわたって、本件建物の賃料を支払っていないこと、しかも、その賃料不払の原因が、同被控訴人において、自らが本件建物の所有者であると思っていたためであること、そこで、控訴人は、平成一〇年九月一八日、同被控訴人に対し、本件賃貸借契約を解除する旨の意思表示をしたことが認められ、これによれば、被控訴人石場の本件建物の占有権原は消滅し、その占有権原に基礎を置く被控訴人澤藤の占有権原も消滅するに至ったものといわなければならない。

(三) したがって、甲事件請求中、控訴人が、本件建物の所有権に基づき、被控訴人ら各自に対して本件建物の明渡しを求める部分は理由がある。

4  第四の争点(使用損害金請求の当否)について

(一) 控訴人は、被控訴人澤藤に対しては、平成九年六月三〇日から本件建物の使用損害金の支払を求めるが、同被控訴人は、被控訴人石場との使用貸借契約に基づき本件建物を占有しているところ、同被控訴人は、前説示のとおり、平成一〇年九月一八日まで、本件賃貸借契約に基づく本件建物の占有権原を有していたので、それまでの間、被控訴人澤藤が本件建物を占有していたとしても、控訴人に損害はなく、同被控訴人がそれまでの間の使用損害金を支払うべき理由はなく、それ以後に限られるところ、本件賃貸借契約が解除された時点の賃料が一か月五万円であったことに鑑みれば、他に特段の事情が窺われない本件においては、それ以降の本件建物の使用損害金も一か月五万円が相当であると認めることができる。

(二) 控訴人は、被控訴人石場に対しては、本件賃貸借契約が解除された日の翌日である平成一〇年九月一九日以降の使用損害金の支払を求めるが、同日以降、同被控訴人の占有権原が消滅していることは明らかであるところ、同日以降の本件建物の使用損害金が一か月五万円をもって相当とすることは前認定のとおりである。

(三) したがって、甲事件請求中、控訴人が、被控訴人ら各自の本件建物の不法占有を原因として使用損害金の支払を求める部分は、本件賃貸借契約の解除の日の翌日である平成一〇年九月一九日から本件建物の明渡済みまで一か月五万円の割合による金員の支払を求める限度で理由がある。

二  乙事件請求(未払賃料請求の当否)について

1  昭和五八年九月分以降平成一〇年九月一八日までの本件建物の賃料が一か月五万円であったことは、前説示のとおりである。

2  そこで、右期間の賃料を計算すると、昭和五八年九月分から平成一〇年八月分までの一五年分の賃料が九〇〇万円、残りの一八日分の賃料が日割計算で三万円となるから、合計九〇三万円である。

3  したがって、控訴人が被控訴人石場に対して右期間の未払賃料の支払を求める乙事件請求は、前認定の九〇三万円の内金八八三万一六七〇円の支払を求める趣旨で、その理由がある。

三  よって、原判決中、控訴人が、甲事件として、被控訴人ら各自に対して本件建物の明渡し及び平成一〇年九月一九日から右明渡済みまで一か月二万円を超える使用損害金の支払を求める請求、乙事件として、被控訴人石場に対して未払賃料の支払を求める請求を棄却した部分は、相当でないから、これを取り消し、当該部分に係る控訴人の請求を認容することとし、原判決のその余の部分に対する控訴は、理由がないから、これを棄却し、訴訟費用の負担につき民事訴訟法六七条二項、六一条、六四条、六五条を、仮執行の宣言につき同法三一〇条を各適用して、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 滝澤孝臣 裁判官 齋藤大巳 平城恭子)

〈以下省略〉

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